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就職氷河期世代フリーターのなんとか仕事をしないで生きる方法を見つけるブログ

可能性を潰した先生の話

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f:id:twodclip:20171127155303j:plain 僕は、もともと学校とかそういうところが嫌いです。
なぜなら、学校なり組織なりで理不尽な思いをいっぱいしてきたから。

新任の男性教諭からの嫌がらせ

小学校の時代の、酒井(仮名)という先生は、いわゆる
勉強だけができるということがいいことではない
という教育方針の先生でした。

当時、僕は中学受験のための塾に通っていました。
地方都市であったため、塾に行くこと自体が珍しく、クラスの中でも数人程度しか行っていませんでした。

僕は、勉強は塾に行っていたため、そこそこできていましたが、運動やその他の科目については得意というわけではありませんでした。

そういう僕が、この酒井のターゲットになるのは、今考えるとなるべくしてなったなあと思います。

運動等は競わせるのに

運動や芸術、いわゆる勉強以外の科目については、その成績を貼り出すことが大好きな先生でした。

運動測定の結果や、図画工作、書道など、そういったものの結果を貼り出すというのが大好きでした。

ただし、勉強に関しては一回も何かを貼り出すということをしませんでした。

勉強以外のことで序列をつくることが大好きな先生でした。

それくらいのことなら、別に大きくトラウマにはならなかったのですが、この先生は、勉強しかできない人間に対して、本当にいろいろな嫌がらせをしてきました。

悪い見本

体育の授業では、走り方の悪い見本として校内放送で流されました。

また、ドッチボールで逃げてばかりいた人間に対して怒ったりもしていました。

ソフトボール投げのときには、僕が投げようとするときに酒井が
「はーい。前進守備」
と言って、投球力のなさを身にしみて実感させたり(このときは、周りにいた生徒たちも「ひでえ」と言っていたのを記憶している。)

図工の時間は、人間の描き方のバランスがおかしいと、人が描いている途中の絵を取り上げて、黒板に持って行って、みんなの前でダメだししたり。

書道の時間も、文字のバランスがおかしいと、同じようなことをされたりしました。

塾に行っていることが気にくわなかった

要は、この先生は、学校以外の塾に行っているのが気にくわなかったのだと思います。

僕の時代の前の時代は、そういたこともあったと聞いていたので、その名残に巻き込まれてしまったのでしょう。

しかし、塾に行くことは、当時その地方都市から東京に帰るということがわかっていたためにやっていたもので、そこの地方都市にいるのなら、そこまではしなかったと思います。

こういった事情も、その当時の教育事情も何も考慮せず、ただ先生の教育方針のために、なぜ従わなければならないのか今になってもわかりません。

カリキュラムの積み残し

もともと、塾に入ったのも、この酒井のせいとも言えます。

とにかく、勉強はできない子基準で、なかなか授業が進まず、結局年度が終わってみるとその年度のカリキュラムをやり終えずにおわっていました。 当時は、親たちも騒ぐことはしませんでした。
今なら、大騒ぎですけどね。

運動とかはできる子基準で、酒井から何かを教わったという記憶は一つもありません。(悪い見本以外)

今考えると、ダブルスタンダードだなあと思います。

勉強はできたけど、そのほかはからっきしの僕に対して、そりゃ、嫌がらせやいじめをするよなあと思います。

低学年の時に受けていたいじめ行為がなくなった

子供ながらにやっぱりこういった先生に対する、何らかの思いがあったのかもしれませんね。

この先生が担任の時には、生徒同士のいじめというものはほとんどありませんでした。

唯一のいいことだったかもしれません。

それだけ、担任からのいじめが子供たちにもわかる感じであったのだと思います。

自分たちも同じ事をしてはいけないという、変な連帯感があったのかもしれないと今では思います。

運動ができる子には人気

この先生、運動ができる子には人気でした。

それを上手く伸ばしてくれる先生でしたから。

さらに、運動が出来る子にはえこひいきもしていましたからね。

先生の自宅に行くという企画があったときも、家族に真っ先に運動ができる子を紹介していて、家族でもよく話していたのでしょうね。

僕ですか。
もちろん、紹介されませんでしたよ。(紹介されなかったのは数人程度ですけどね)

僕に勉強以外に取り柄が無いことを自覚させた

この先生のおかげで、勉強以外の科目が大嫌いになりました。

特に体育は、大学になる時くらいまでずっと大嫌いでした。

大学に入って、体育の授業(教育課程)で、担当教授からこうやるといいというコツをきちんと教えてもらって
なーんだこういうことか
ということが結構あって、そのときに改めてこの酒井の運動ができないなら教えろよと思うとともに怒りがわいていたものです。

また、勉強ができるということをひたかくしにしたり、勉強ができないふりをするようにもなってしまいました。

こういうことも、後にいろいろなゆがみとして出てきてしまいます。

先生はその子供の将来を左右させる存在

たとえば、こういった先生に当たっても、それをバネにその後生きてきて、成功したといった話を聞いたりしますが、そういうことができるのは全員とは限りません。

なぜ、そこで努力をしなかった?と思われるかもしれません。

でも、大半は、それがトラウマになり、成長を阻害する要因になっていると思います。

社会は数パーセントの成功した人物ばかりに注目し、これくらいならできるだろう。
失敗をバネになんて簡単に克服できるような言い方をします。

経験者からいうと、はっきりいって無理です。
たいていは、失敗を繰り返し、そして、過去のトラウマが完全に染み付いて抜けなくなってしまいます。

学校に通っていると、生徒にとって先生という世界の中に否応なしに入らなくてはいけません。
こういった先生で苦しめられた人はたくさんいると思います。

一時期モンスターペアレントの話題が出た時期もありましたが、こういった理不尽な思いをしてきた子供が大人になり、子供を守るのは親だと過剰に思ってしまった人がなっているケースもあると思います。
たぶん、自分に子供がいたら、学校との関係は密にして、自分が受けた理不尽な思いをさせまいとするかもしれません。

この先生は、後に校長先生になっていますが、たまたま見つけた校長の文章を見てみたら
東大に入るようなやつはろくなやつがいない
みたいなことを相変わらず書いていました。

もし、過去一人誰か恨みを晴らしたいと思うなら、この酒井という教師をターゲットにして苦しめたいと思うくらい、今の自分に暗い影を落としています。