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就職氷河期世代フリーターのなんとか仕事をしないで生きる方法を見つけるブログ

「いい子」という盾

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自分のメンタルが弱いなと思うことがしばしばあります。

自分が思っている以上にメンタルが弱い

たとえば、仕事中にミスをしてしまい、周りの人に迷惑をかけたなんていうシチュエーション、結構あると思うのですが、こういった状態になるといたたまれない気持ちになります。

必要以上に周りに敏感になり、その後に周りの人がため息をつくだけでも、自分のミスから発生したことなんじゃないかと思うようなことが結構あります。

そのくせ、ミスをする前は、周りに鈍感だったりするのですが、自分のこの性格がいやになることがあります。

「いい子」という盾

振り返ってみると、小さいころから「いい子」であることを自分に課してきた部分があります。

小さいころは勉強ができてまじめにやっていればいいと思っていました。

この「いい子」というのが曲者で、最近感じるのが「悪い子」になってしまうと、周りの大人から叱責等を受けることが怖かったことからの防御で自分を演じてきたのではないかと思うようになりました。

本当は、こうしたかったのに、大人の顔色を見て、Yesという反応をして、大人が喜ぶようなことをして生きてきたのではないかと思うようになりました。

社会では「いい子」は通用しない

社会に出ると、自分で判断をしないといけないことが急激に増えます。

しかし、「いい子」で育ってきた自分には、その判断が誰のための判断なのかわからなくなることが本当に多いです。
自分のため?他人のため?家族のため?
自分で選択をしているようで、結局どこかで他者に選択を依存していたりする部分がどうしてもあります。

顔色を伺い、自分が変なことや間違っていることを言っていないか、常にチェックしている。 そんな状態が続いているのかもしれません。

本当に自分がしたいことがわからない

今の自分が何を本当にしたいのか、問われたときに、
何をしたいのかわかりません。
どうしたいのかわかりません。

抽象的にはもわっと出てきても、具体的には何をしたいのか、どうすべきなのかがわかりません。

学校を選ぶときも、何をしたいのか明確な目標のないまま、ただ上の学校に上がることだけを考えていましたし、大学に入っても、卒業をしたら何をしたいのかというのもわからないまま卒業をしてしまった感があります。

だからこそ、新卒で入ったところも、たまたま受かっただけだから入っただけで、自分の適性や目標なんて全然考えていませんでした。

結局何も成長をしていない

社会に出てからも、あいかわらず自分が何をしたいのか、何を目標とすべきなのかわからないまま、ずるずると時間だけが過ぎていきました。

資格試験にも手を出したりしましたが、たまたま受けた検定試験から、この勉強を極めたらおもしろいかもというあいまいな感じで決めてしまっているので、一度大きな壁にぶち当たるとそこからのリカバリーをする力が残っていなくて、結局その資格試験も雲散霧消するかのように撤退をしてしまいました。

そして、無駄に時間を使い、気がつくと自分が何をしたいかなんて考えること自体がぜいたくな悩みとなるような年齢になっていました。

「いい子」であることが通用しなくなった

何かを自分で判断するという経験の少なさと他者からの攻撃に対する防御の弱さによって、結局人生を詰むようになっている現状を考えると、
人生にリセットボタンがあればなあ
と考えてしまうことがあります。

自分から積極的に動くということをしなければ、他者は心を開いてくれませんし、自分から選択をしなければ失敗を繰り返すだけ。

時間が経過すればするほど、リカバリーにかかる時間が長くなっているのにもかかわらず、好転していかないのはそういった自分の弱さや甘さが引き起こしているのかもしれません。