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就職氷河期世代フリーターのなんとか仕事をしないで生きる方法を見つけるブログ

フリーターになった原因

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f:id:twodclip:20171009132612j:plain この年までフリーターをしているなんて、若い頃の自分には想像もできませんでした。
何がいけなかったのか、何が間違っていたのか考えていきたいと思います。

Fラン大学に入ってしまった

がんばって中堅大学に入ったのに

就職氷河期世代の人ならよくご存じかもしれませんが、僕の時代、とにかく人数が多くて何をするにも競争の連続でした。

受験競争も同様で、上から下までのありとあらゆる大学に人が集まり、倍率がどこもかしこも高い状態でした。

偏差値も、現在の感覚からすると、ほとんどの大学において、今よりもワンランク上の状態だった気がします。

僕の場合、入試直前に読んでいた古文の枕草子口語版で読んでいた部分が、たまたま入試の古文の問題で出たというミラクルが起こって、とある都内の中堅大学に入学することができました。

と、ここまではよかったのですが、この後に僕にとって、その後を運命づける出来事が起こります。

大学の授業についていけない。
人間関係がうまく構築できない。

その後の人生で何度も挫折をしてしまう原体験を、大学入学のタイミングで経験することになります。

大学の授業がついていけない理由は、単純で、自分の実力以上のレベルの大学に入ってしまったこと。
大学を選ぶときに、あまり自分の適性を考えずに選択をして、大学の勉強が面白いと一つも思えなかったことでした。
そのため、大学に魅力を感じず、それが人間関係がうまく構築できない要因にもなりました。

大学に入ったクラスが、たまたま語学で分断されてしまうクラスで、クラスの結束感が弱く、クラスで仲がいい人もできず、一人で行動することが多かったというのもあります。(社会に出ても同じような経験を何度もすることになりますが。)

学校に行って、ブーメランのように家に帰る。
そんな生活がずっと続きました。

僕は、
こんな思いをするために大学に入ったんじゃない。
と、ずっと思っていました。(社会に出ても同じように思うことになりますけどね。)

何か一つポジティブに考えられるような状況であれば、続けていたかもしれませんが、大学に行くことがだんだん苦痛になって、夏休み明けには大学に退学届を出していました。

受け直してFラン大学に

このまま就職するか、別の大学に行くか、別の道を考えるかという状況になりましたが、自分では大学に行かないという選択肢が当時なかったので、もう一度大学に入りなおしました

予備校に行くこともなく、そのまま受験してしまったので、中堅大学は入れるわけはなく、結局、Fラン大に入ることになりました。

当時、あまりFラン大という言葉を耳にすることもなく、当時のFラン大というと特殊な思想の大学か地方の大学の中で偏差値が低いところがFラン大というイメージでした。

だから、Fラン大に入ったという意識はなく、首都圏にあるのだし、そこそこ倍率も高いし、入っているひとも、おぼっちゃまやお嬢様が多いけど、まあこんなもんだよねと思っていて、当時の自分はFラン大に入ったという意識はありませんでした

入った大学がFランなんだと気づくのは、大学を卒業してからずいぶん時間が経ってから、ネットやマスコミで言われるようになってからでした。

入学してすぐに旅行があったりして、人間関係で悩まないように配慮されて、なおかつ少人数教育が売りなところもあり、前年に入った中堅大学と同じように悩まされることはありませんでした。

大学の授業も、今考えると緩いなあと思えるくらい、緩くて、中堅大学で落ちこぼれていた自分が、Fラン大では、トップとはいわないまでも、上の方にいるという感じでした。

破れかぶれの選択

就職活動時のことや就職して失敗したことについては、今回の投稿では詳しくは書きません。

まとめて話すと、就職活動開始の出遅れ、Fラン大の知名度の低さなにをしたいか自分で見極めないままの見切り発車
急速に悪化する大卒就職内定率

そんな感じの就職活動をしていたため、4年の年の瀬に近づくころにやっと就職先が決まったという感じでした。

自分の適性とかも全然考えずに、ほかのひとから勧められた会社になんとなく応募して、なんとなく内定をもらえたという感じでした。

しかし、現実はそう甘くはありませんでした。

自分の適性に合わないようなところで、なおかつ現在人手不足で悩んでいるような業界に入ったものですから、仕事はきついは、その知識は全然ないわで、とても自信を持って仕事ができるような状態ではありませんでした。

その会社はすぐに辞めてしまいます。

そこから、僕の迷走フリーター生活がはじまったわけです。