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童貞について真面目に考えてみる

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最近、「童貞」という言葉がネットを騒がしていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今回は、この言葉について、少し考えてみたいと思います。

童貞を捨てたのは遅かった

僕は振り返ってみると、20代半ばに脱童貞しました。

それ以前にもお付き合いをしていた女性はいたのですが、そこまでに至らずに別れてしまったり、貞操観念の強い子と付き合ってしまって、童貞を捨てるまでには至らなかったことがあったりして、比較的遅い(周りを見ていると)タイミングだった気がします。

よく、世界が変わるとか言いますけど。
なんか、普通でした。

日常の延長線上にぽつんと童貞を捨てるというものがあったという感じで、特に感動とかはありませんでしたね。

その頃、いわゆる人生のモテ期だったというのもあったからかもしれません。
なぜか、女性と知り合う機会が多くて、その流れの中での出来事だったせいもあるかもしれません。

モテる人間ではない

そう考えると、モテ期という言葉を使いましたが、今思い返してみると、ただ単に
運がよかった
だけなのかなと思っています。

実際、その後はそういったモテ期というのは二度と訪れませんでしたし、結婚無理じゃねと思うようにもなっています。

当時を振り返ると、まだ携帯が普及しはじめたころだったので、今のようにLINEだ何だとコミュニケーションツールなんていうものは、ほとんどありませんでした。

たまたま、知り合う機会があって、そこでうまく相性があって、チャンスを得ることができたという程度だと思っています。

競争過剰

今は、スマホで連絡を密にしたり、アピールをどんどんしていかないと女性がついてこないと思って、物怖じをしている部分があるのかなと思っています。

昔なら、日に一回電話でちょっと話をするくらいで、相手の気持ちを確かめることをしていましたくらいでしたが、今だと常にLINEで既読のチェックなんてするなんていう状態なのではないでしょうか。

そういった意味で、現在は恋愛をするにしても、恋愛しづらい環境にあるのかもしれません。

特に、社会人ともなると、学生のように同じ場所にいる訳ではなく、さらにどこでライバルに出会うかわからない戦々恐々な状況に置かれているのかなと思っています。

童貞と社会

時が経過して格差が拡大していくと、女性から結婚相手の対象として見られる最低限のハードルである普通の生活を手に入れることができる人とできない人という二極化が進んでいったのかもしれません。

また、男性の中にも女性に対するトラウマ女性の社会進出によって男性よりも強い女性が出てきたことによって、現実の女性を恋愛対象として見られなくなった、あるいは見ようとしなくなった人たちがでてきたのだと思います。

童貞は弱者か

自ら進んで童貞を選択した人にとっては、それほどコンプレックスを感じることはないかもしれません。
しかし、社会環境の変化で童貞にならざるを得なかった人(時代が違えば脱童貞していた)というのも存在していると思うのです。

その意味では弱者なのかもしれません。

童貞の人を見下すような論調や、いじめの対象として扱われるのならば話は別です。
彼らは、時代が違えば、国が違えば、童貞になっていなかったかもしれないのですから、そういった(不本意)童貞の自己責任論を掲げる奴らには、絶対賛同はしませんけどね。