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就職氷河期世代フリーターのなんとか仕事をしないで生きる方法を見つけるブログ

男性差別社会

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f:id:twodclip:20171118164505j:plain やりたい仕事の会社に入れたときに限って上司がクソだったりするのは、どうにかなりませんかね。

社員になりたいと言ったわけでもないのに

以前、都内のとあるネットセキュリティ系の会社にアルバイトとして勤めていたとき、
男でその年なんだから、当然社員を目指すよね
と言われ、入社後に結構な無茶ぶりや残業をさせられたことがありました。

本当は、その会社の仕事を続けていれば様々な知識が得られると思っていたので、入社当初は願ったり叶ったりだったのですが。

女性は家庭の事情で残業ができないと申し出れば残業をしないで帰ることもできたのですが、男(当時その部署は男性は少なかった)は、残業を拒否できない(拒否すると明らかな嫌味を言われた)という状況でした。

当時も、世の中の会社に対して不信感を抱いていたのですが、こういった男は~であるべきだという上司がいたため、その不信感が増大するきっかけになりました。

そのアルバイトの募集には、女性が働きやすい職場ですみたいなことを書いていたので、ある程度時間の融通が利くと思っていましたが、結局、残業を拒否できたのは1回だけ(そのときに嫌味を言われた)でした。

それ以降は、2~3時間の残業を文句も言わずこなしました。

しかし、追い打ちをかけるように残業期間が終わったあとに、当時資格試験のための勉強も平行してやっていた(もちろん面接時に話していた)のですが、
資格を取るか?会社をとるか?
みたいな面接をされ、さらに無茶ぶりの成果が上司にとっては芳しくなかったらしく
期待外れだった
みたいなことを言われ、さすがに表には出さないものの、その会社に対する感情が爆発してしまい、その面接後すぐに辞めますと伝えたことがありました。

これが女性だったらその上司はそこまでしなかっただろうなあと思います。

仕事に興味を持ったから、そこで働きたいと思ったのに、男だからという理由で様々な場面で無茶ぶりをされた記憶は今でもトラウマです。

言われたことをきちんとこなしてきて、残業もして帰ってきて体が疲れてヘトヘトの状態で30分でもいいから勉強しようと努力した日々をすべてぶち壊しにしてくれたあの会社は本当に許せません。

男性差別

僕の世代は、男女雇用機会均等法という法律によって、女性の社会進出が急速に進んできた時代でした。

それまでは、男性が占めていた職域にも、どんどん女性が増えていきました。

僕自身は、それは悪いことではないとは思うのですが、時代が進んで、最近は逆に男性差別みたいな状況が起こっているのではないかと思っています。

小さい頃にも言われませんでした?
男なんだから~しなさい。
男は弱いところを見せるもんじゃない

とか、そういった類いのことを言われませんでしたか?

この価値観って、男は仕事、女性は家庭にという時代の考え方だと僕は思います。
男は、仕事と家庭両方を引っ張っていかないといけない、だから弱音や泣き言は吐くなという意味だったのじゃないかと思います。

現在は、男性も女性も仕事という状況に変わりつつあるし、今後もその傾向は続くと思います。

ところが、根本の考え方は、古い昭和の時代の考えのまま。

この状態が、様々な矛盾を生んでいるのだと思います。

女性が仕事、男性が家庭

女性の社会進出が進んできたのであれば、逆転の関係もありなんじゃないと思っています。

女性が仕事をして、男性が家庭や子供の面倒を見る。

前述したように、男性差別みたいな会社もあるわけですから、そういった会社は女性をどんどん積極的に採用すればいいんじゃないと思います。

そして、男性が仕事に行くというスタイルが普通ではなく、男性も家庭や育児・子育てをするスタイルもありなんじゃない、むしろそういった方向に持っていって、選択肢を増やしてあげるような社会にしていければいいんじゃないと思います。

特に、就職氷河期男子は理不尽なまでに社会から冷遇されています。
逆にうまく波に乗れた人に乗っかればいいじゃないという考えもありなんじゃないかなと思います。

本来ならば、社会がそういった人々が普通の暮らしをできるように手助けをしてあげるような社会がこの20年の間に形成されていればよかったんですけど、そんな社会にはなりませんでした。

僕は、一つの手段として、どちらかが安定している仕事に就いているのなら、男だからとか女だからとかという価値観にとらわれずに、男が家庭に入るという選択肢もありなんじゃないかなと思います。

ちなみに、僕は、この選択はするつもりはありません。
僕自身は結婚という選択肢をすでに捨てています。
この先は一人で生きていくために何をするか、それを考えながら生きていくしかないと思っています。